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外でお経を読むな

51 :45:2009/12/26(土) 19:32:51 ID:3Ckvss8GP
一応これでも修験道の行者やってます。
お寺と師弟関係を結び、京都に有る某本山で僧籍をもっています。
そんな私が、駆け出しの頃体験した怖い話です。

やっぱり修行をしていますと、だんだん霊感が付くものです。
入門して多少の修行経験を積み、お寺の師匠から、
「霊感付いてきたみたいだから外でお経を読むな、家以外ではお経を読むな」などと言われ出した頃です。
性分的にダメと言われると、なぜダメなの?と思い、体当たりで戒めを破り、なぜかを知りたがる性分。
自宅以外でお経を唱えましたね。
実際、やっている人はわかるかもしれないですが、
お堂やお寺で唱える読経と、自宅で漠然と唱えるお経では違うものなのです。
神様仏様の前で唱えると、気持ちが違うものなのです。


52 :45:2009/12/26(土) 19:33:38 ID:3Ckvss8GP
ある休みの朝、ある神社へ行きたくなって後輩を伴い行ったのですが、ここで少し説明。
後輩はお寺の後輩ではなく、会社員時代の後輩で、行者になった私に興味を持ってくれた人。
行者ではなく、いわば普通の信者的な感覚の人です。
そして、ある神社とは、行者になる前に行った場所なのですが、
この時代、行者なんかやろうと思う私は相当オカルト的なものは大好きで、
風水だとかにも傾倒していた時期がありました。
その頃見つけた所謂『龍穴』。パワースポットと言う奴です。
その手の龍穴は、神社仏閣になって守られている事が多く、所謂『神域』と言う事です。
規模的には某県の県庁所在地、中規模都市を支えている龍穴です。
多少の霊感が有る人なら、近づくと耳鳴りが三日ほどなり続けるような場所です。


53 :45:2009/12/26(土) 19:34:38 ID:3Ckvss8GP
さて、状況説明はこの位にして本題。
その後輩と朝思い立って、車で2時間ほどの山の中の神社へ到着し、
過去に来た時よりも感を研ぎ澄ませ境内を散策し、龍穴そのものを見つけました。
大きな巨木(小さな巨木は無いですが^^;)
境内側から見えない裏側に回ると、塔婆や石碑がズラーっと並んで、まさにまさに龍穴そのものなのです。
龍神社(水神)も巨木の横にあり、ここだなと思いました。

般若心経をおもむろに唱えました。
そこまではなんでもないんですが、鳥居を背にして車に乗り込み帰路に着こうと思ったのですが、
なんだか嫌な予感がしました。単に嫌な予感が直感的にありました。
車に乗り込み進みだしますが、
ブレーキがだんだんと踏みしろが深くなって、最終的にはスコーンって感じになってしまい、
「ブレーキが利かないな」などと話しつつ、山道をハンドブレーキで進むのですが、
なんだかさっきの悪寒が大きくなってきて、何かに追いかけられるような感覚に陥りました。
やばいなぁヤバイなぁなどと内心思いながら、二又の道『●◎寺→』みたいな看板があり、
寺に逃げ込もうと必死でそちらにハンドルを切りました。
ふもととは別な道。だんだんと追いかけてくる感覚が大きくなってきて、感覚が具体性を持ってきます。
とにかく恐怖、恐怖の塊が追いかけてくるような感覚に陥り、
精神と言うか心というか、全身だんだん覆っていく感覚になり、あせりながらハンドルを捌きました。

ようやくついた●◎寺。ここはもう廃寺になったようなお化け寺で、お墓しかありません。
大急ぎで、ハンドルとハンドブレーキを駆使して狭い山道をUターンしました。
それまで自分だけこの感覚に陥っているかと思っていたのですが、ふと助手席の後輩を見ると、
目をひん剥いて口はへの字口に、体は硬直しているような感じ。
同じ感覚に陥っているのが手に取るようにわかります。

大急ぎで麓におりて山の入り口にある大鳥居を越えてから、その恐怖感覚が無くなりました。
後輩もやっと声を出せるようになったようで、
「なんか物凄く怖くて怖くて声がでませんでした」との事。
「俺もだよ。なんなんだあれ?」と話し、麓にお寺を見つけたのでそこで一息つきました。

と・・・・・。
ここまでならまあまあ良いのですが、そこからなのです。


54 :45:2009/12/26(土) 19:35:35 ID:3Ckvss8GP
とにかくお互い家に帰ったのですが、なんだか虫が知らせると言うか、後輩が気になって電話したのですが、
電話に出ない。何回も電話するのですが出ないんです。
2日後の夜10時くらいにやっと電話に出たのですが、出るとたんに泣き出すんです。
大の男が電話口で泣くなんて普通じゃないわけですが、様子がとにかくおかしい。
聞けば、一人暮らしの彼は帰った夜から家にいて、一人になるのが怖くて、繁華街を延々2日間歩いていたそうです。
憔悴しきっていたのですが、
「なんで電話に出ないんだよこっちも気になってたんだ」と伝えると、
『電話には出るなとずっと言われてたんだよ』と泣き出します。
『怖いけどなんとか電話出られたんですよ』とさらに泣き出す。
こりゃあもう憑き物ってやつだと思いつつ、「どうしようどうしよう」。
しかも師匠の言いつけ守っていませんから、師匠にも相談できないんですねw
『今一緒にいるんだよ一緒にいるんだよ』とわけわからん事を言いだすので、
こっちもわけわららず必死に「じゃあその人に電話代わって」と言ったら、
もう霊媒なんでしょうね、『神域を壊しに来たのはなんでだ?』と言い出すんです。
そこで「そんなつもりはありません」と、そこからは奇妙な感覚になり、会話が成立するんです。
そこでもう必死なんで、
「◎◎大明神様、私は××と申します。▽▽寺で修行している行者で、壊しに行ったんじゃないんです。
 物見勇山で行ったのはすみません」と言い、
「まだ駆け出しの行者なんですが、一生懸命に観音経を唱えますからご勘弁下さい」と言い、
電話で観音経を唱えだすと、すごい声で泣き出すんですよ後輩が。
唱え終わり、「本当に失礼あったら申し訳ございません」と言うと、
スーッと体から悪寒が無くなって、電話口の後輩も落ち着いた様子でした。

そんなこんなで既に2日会社無断欠勤している後輩なのですが、翌日会って話を聞きますと、
「『近所の神社に末社があるから挨拶に来い』みたいに言ってた」と言うので、
その後輩の家の近所の神社に行くと・・・・。
ありました。『◎◎大明神』。
もう絶句なんですが、昨晩のやりとりは本当だったようです。

般若心経を一巻唱えてご挨拶し、事なきをえました。


55 :45:2009/12/26(土) 19:37:06 ID:3Ckvss8GP
結論
初心者が外でお経を唱えるのは怖いですねw
今では修行を積んで神仏とお話が普通に出来るので、あの時の話は良い経験で、仲間内で笑い話になっています。
もちろん師匠にも、笑える話として話せる時期になった時に話しました。
後輩は神仏の怖さを知ってからというもの、困った事があるとその神様にお願い事をしているようです。
でもって心願かなって、来年結婚するようです。


679 :本当にあった怖い名無し:2010/01/08(金) 13:58:59 ID:7xROg7Si0
俺仏教とか神道とかよく解らないのだけど、
>>52あたりの行者さんの話でよくわからないのが
念仏って仏教だよね。そんで神社は神道だよね。
神社で念仏=神社の神様が怒る。それはわかったけど、
電話で念仏=神様許してくれる。これはなんで?

仏壇と神棚が同時にあったりするし、仲良しなの?
仏教はインドの神様、神道は日本の神様?
それとも強い仏教の神様で、それより弱い神道の神様を撃退したの?


690 :本当にあった怖い名無し:2010/01/08(金) 19:06:35 ID:hbSrEJMs0
>>679
明治維新までの日本の基本は神仏混淆で、寺の住職と神社の神主が兼務だったり、
仏式で神社を祀ったりしていたんです。
ただ、遡って奈良時代まで行くと、神道と仏教は政治的な敵対関係にあったこともあって、
蘇我氏と物部氏の争いがそれで、神道の神を奉じていた物部氏と、外来の仏教を奉じた蘇我氏が戦い、
聖徳太子が蘇我氏について物部氏を滅ぼした事で、日本で広く仏教が浸透したとされています。

その後、神道と仏教は融合の道を歩み本地垂迹説と言って、
日本の神々は仏が姿を変えて、日本に現れた物だと言う考えまで出てきます。
これが再び分けられたのが、明治に日本をまとめる思想として神道を利用するために神仏分離令が出され、
それに伴う廃仏毀釈で神職達によって多くの寺が打ち壊され、多くの仏像が断ち割られたり燃やされたりしました。
(このとき奈良の興福寺では、全ての僧侶が強制的に還俗させられ、伽藍は打ち壊され、
 五重の塔は25円で売り払われました)
こういった経緯があって、今の形の神道と仏教の形ができあがったわけです。


692 :本当にあった怖い名無し:2010/01/08(金) 19:33:47 ID:Algutfe3P
行者です
>>690
100点満点の回答です!
明治の神仏分離や戦後の欧米的宗教感の流入で、霊的な世界の再編が行われた事。
これにはいささか危機感がある次第です。
もっともっと突っ込んだ霊的な話もしたいのですが、誤解を招くようですので自重します。
しかしながら、日本の信仰感は世界一のもの。
それが危機的状況という事は、私としては霊的な戦争を自認していると申し上げておきます。
適切なご説明ありがとうございました。

>>679
念仏(読経)で怒ったのではないです。
本来神域聖域なので、近づいちゃいけないところに物見遊山で行ったことで怒られたわけです。
宗教的な隔たりで怒ったのではないですよ。
逆に言えば、祝詞を上げる神道式でも怒られたでしょうね。
基本的に神仏は仲良しです。
仲たがいしているように思うのは人間の都合(宗教の都合)であって、基本仲良しです。
分け隔てなく広く信仰することは日本的な宗教感であり、
どこどこの宗教に入信しなければダメみたいなのは、西洋の一神教の考えです。
神社の神様は主に土地を守ります。
極端な話ですが、神様によっては、自分の守っている土地の人以外興味が無い神様もいます。
ですから、「ご利益があるからあそこの神社へお参りしよう」と言うより、
近所の小さな鎮守神社のほうが祈願が通りやすいかもしれません。
逆に他所の土地に行く場合、例えば営業でその地域担当になった場合、
その地域の鎮守様に一言「お邪魔します」みたいな挨拶は有効です。
また、基本的に神社の神様は、日本人以外に興味ありません。
しかし、仏教の仏様は人種や土地に関係ありません。
ただ、日本でお祀りされている仏様は、日本を守る事も念頭においていますから、
神社の神様と協力関係にあるのは言うまでもありません。

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