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ここがほしい

俺が聞いた八甲田山の話。

青森県のとある大学生が夏の盛りに男女で飲み会してて、よった勢いで肝試しをしようということになった。
でも女二人が肝試しを嫌がるもんだから、男三人は『八甲田山に連れて行こうぜ』と話し合った。
八甲田山の悲劇が起こったのは真冬だったし、夏場なら出ないだろうと。
そして彼らは車で八甲田山へ向かった。

車を4WDに入れて、林道を走り、行ける限界のところまで車を走らせた。
もうそのときは九時を回ってたんだが、夏場とはいえ周りには人家の明かりひとつなく、なかなかこわい。
男たちはおびえる女たちに引っ付いたりして、サイドブレーキを引いてそのままじっとしていた。

そのときだった。遠くから『ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……』という音が聞こえてきた。
エンジンはつけたままなのになぜかはっきり聞こえたという。
それは明らかに、大人数の集団が行進する足音だった。


女たちはパニックになり、男たちも慌てて帰ろうとした。
サイドブレーキを解除してヘッドライトをつけた瞬間、学生たちは悲鳴を上げた。
明かりの中に浮かび上がったのは、夏だというのに黒い外套(マント)を着た数百人の軍人立ちの姿だった。
俯き加減でこちらを見ようともしないが、よく見ると手足の一部が
欠けたりして、仲間に肩を貸してもらっている兵隊もいる。


学生たちは無理やり車を展開させ、ほうほうの体で山道から逃げ出した。
しかしそのとき、女二人が急に高熱を上げ始めた。今までなんともなかったのに、
今では手で触れられないほどに熱い。とにかくこのままではいけないということになり
男の中のA君のアパートに逃げ込み、そこで救急車を待とうという話になった。


車を止めて、A君の部屋になだれ込む。女二人を寝かせ、ぐったりしていると、B君がぽつりとつぶやいた。

『なんだったんだ、あれ……?』

他の学生は黙ってしまった。明らかにこの世の者ではないことはわかっていたが、誰も説明ができなかった。
しばらく口を開く気になれずにいると、突如アパートの外から妙な物音が聞こえてきた。



ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……


部屋は再びパニックになった。あの兵隊が追ってきたのだ。どうすることもできず、
部屋の中心に集まって肩を寄せ合っていると、アパートの階段を誰かが上ってくる音が聞こえた。
数百人分の足音を受け、ボロアパートの一室が地震のように揺れる。

次の瞬間だった。部屋に黒い外套を着た軍人たちが次々になだれ込んできて、
あっという間に彼らを取り囲んだ。六畳間に数百人の人間が入る広さなどない。
しかし、軍人たちはまるで存在そのものがないかのように、すっぽりと部屋に収まってしまった。

学生たちが硬く目をつぶり、誰とも目をあわさないようにしていると、突然頭上から声が降ってきた。
『自分は、この者の腕が欲しい』
すると、別の方向から声が聞こえた。
『自分は、この者の足がいい』
それを皮切りに、周りを取り囲んだ兵隊が次々に『ここがほしい、あれがほしい……』と声を上げ始めた。
その声はまるでお経のように部屋を揺さぶった。

『自分はこの者の目が欲しい』
『自分はこの者の耳がいい』
『自分はあの者の指が欲しい』
『自分はこの者の鼻をもらう』……。


気絶した、という。
翌日、大事をとって救急車を呼んだが、その後その二人の女の子が大学に戻ることはなかった。
今もあのときの仲間とは連絡を取っているが、唯一その女の子二人とは音信不通だという。
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